人権は国境を越えて Kazuko Itoのダイアリー

弁護士伊藤和子のダイアリーです

高まる米・イラン緊張とトランプ政権の国際法違反。最悪の結果を回避するために。

 

イラク 社会変革を求める若者たち

■ 高まる緊張

 新年早々世界は大変な事態に陥っている。米イランの軍事緊張が高まり、「第三次世界大戦か?」という懸念が世界を覆っている。

イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のトップ、カセム・ソレイマニ司令官が3日、イラクバグダッドで米軍の空爆によって死亡した。米国防総省は、「大統領の指示」によって司令官を殺害したと認めた。ソレイマニ司令官は、イラン国内できわめて重要で人気の高い、英雄視される存在だった。米メディアによると、ソレイマニ将軍はイランが支持するイラク民兵組織と共に車両でバグダッド国際空港を出ようとしたところ、貨物ターミナルの近くで、アメリカ軍のドローン空爆を受けた。

出典:BBC

 国際的な批判を受け、イランからは報復の声が広がる中、米国トランプ政権の無法ぶりが際立っている。

トランプ米大統領は4日、イランが米国人や米国の財産に攻撃を仕掛けた場合、米側は報復として「イランの52カ所を標的にする」とツイッターに投稿した。

出典:時事ニュース

 これが現職米国大統領のツイッターかと思うとぞっとする。

 このような危険な軍事挑発で戦争の導火線に火を注ぐような行為をなぜするのか?

■ そもそもの発端は?

 報道では、中東の声として、ソレイマニ司令官を美化するものも目立つ。

 しかし、ソレイマニ司令官らイラン革命防衛隊はイラク戦争後のイラクやシリアで極めて残忍な人権侵害に加担してきた事実が報告されている。決して美化されたり、礼賛されるべきではない。

 今回の事態の発端として、昨年イラクとイランで始まった反政府デモと、イラン当局の動きがある。

 2019年、政治変革を求めるデモが相次いで起きた。香港のデモ等が日本では注目されているが、ここでも若い世代が立ち上がった。ところが、イランでは治安部隊がデモ参加者に残虐な弾圧を続け、多数の死者を出した。

 BBCニュースが弾圧についてまとめているが、革命防衛隊に向けられる視線はこのようなもので、イランは一枚岩ではない。

 

中東におけるイランの活動をめぐり、不満があるのは明らかだ。革命防衛隊は中東各地で、民兵組織の武装や訓練、報酬の支払いに何十億ドルと費やしている。イランの国境を越えて敵と戦わなければ、敵はテヘランの路上にまでやってくるというのが、その大義名分だ。しかし、国内各地で抗議するイラン国民は、その資金は国内と国民の未来に使われるべきだったと主張する。

出典:BBC

 そして、イラクのデモはこのようなものとして始まった。

2019年10月、バグダッドタハリール広場で始まった反政府デモは「10月革命」と呼ばれ、かつてないほどの規模に拡大している。非暴力を宣言し、現場に寝泊まりし、汚職撲滅、失業率と公共サービスの改善を叫ぶ若者たち。宗教宗派を超え、思い思いの形でデモに参加する老若男女。これまでとは全く違う市民の結集が起きている。しかし、治安部隊の武力鎮圧も激しさを増し、2か月間で死者400名以上、負傷者およそ2万人。首相の辞任が承認されても、デモ隊はすべての要求が満たされるまで継続すると発表。

出典:1月17日開催・高遠菜穂子氏イラク報告会案内

 さかのぼると、2003年のイラク戦争後、米国はイラク統治のためにシーア派を利用しイランの介入を招いた。マリキ政権下では特に宗派間対立があおられ、シーア派民兵によるスンニ派住民殺害が相次ぎ、ISの台頭を招き、イラクは地獄のような戦争に入った。

 この反省のもと、現政権は宗派間融和を模索しているが、イランの影響力は増している。アブドルマハディ首相が昨年11月に反政府デモへの対応について責任を取って辞任を表明、ところが親イラン勢力は自らの意向に沿った首相の擁立を掲げて大統領に迫ったようで、イラクのサレハ大統領は12月26日、親イラン派の国会勢力が推す人物を首相に指名することを拒否し、大統領を辞任する用意があると表明していた。

 こうしたなか、ソレイマニ司令官は人々の怒りの矛先を米国に向けるようゲームチェンジを模索して画策していたとの報道もある。

■ トランプ政権による国際法違反

 このように、イランや革命防衛隊の動きには非常に大きな問題があると指摘できる。しかし、だからと言って米国の軍事行動を正当化することは到底できない。

 トランプ政権による殺害指示は明白な国際法違反である。

 ポンぺオ国務長官は予想される「差し迫った脅威」から自国民を守るための行動だったとする。

 

 

 しかし、予想される攻撃の前に先制攻撃するという米国の言い訳は、イラク戦争で持ち出された「先制的自衛権行使」だが、こうした主張を全て認めれば国連憲章が許容する自衛権の範囲は際限なく恣意的に拡大解釈され、およそすべての戦争が正当化されることとなり、国際秩序は崩壊する。

 殺害は国連憲章上正当化される「自衛権行使」に該当しない超法規的殺害であり、イラクの主権侵害にもあたる。

 冒頭のトランプ発言だが、

トランプ米大統領は4日、イランが米国人や米国の財産に攻撃を仕掛けた場合、米側は報復として「イランの52カ所を標的にする」とツイッターに投稿した。トランプ氏は標的の52カ所について、1979年にイランで起きた米大使館占拠事件で人質になった米国人の数だと説明。「イランおよびイラン文化にとって極めて高位かつ重要なもの」が標的に含まれ、攻撃が「非常に素早く激しい」ものになると予告した。

出典:時事ニュース

 という。

 このような武力による威嚇はそもそも、

 

すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

とする国連憲章2条4項に明白に反している。

 安保理常任理事国である超大国アメリカが、このような露骨な武力による威嚇を行い、危険な軍事挑発により平和的な国際秩序を破壊しようとする行為は到底許されない。

 特に、「イランおよびイラン文化にとって極めて高位かつ重要な」施設への攻撃を予告しているが、軍事目標でない文化的施設の攻撃は、ジュネーブ条約で明確に禁止された攻撃であり、戦争犯罪に該当する。米国の大統領が戦争犯罪の遂行を予告するとは国際法違反も甚だしく、狂気の沙汰といえる。

■ 第三次大戦に突入しないために。

 トランプ大統領は、大規模な戦争に発展しかねないこのような軍事挑発、武力による威嚇をこれ以上現に慎むべきだ。

 翻ればイラク戦争後にイラク統治のためにシーア派を利用しイランの介入を招いたのは米国であり、今の事態は中東を土足で踏みにじってきた外交政策のつけといえる。

 2003年のイラク戦争後、中東の混乱は続き夥しい人命が奪われた。その反省もなく紛争の導火線に火をつけ地域を深刻な危機にさらす米国の行動は厳しい非難に値する。冒頭で述べた通り、中東情勢は極めて複雑であるが、洗練された思慮深い外交努力を行わず、脊髄反射レベルで、国際法を明確に無視して、西部劇のような感覚で、火に油を注ぐことがいかに危険であるか、重々考えるべきである。

 戦争が始まれば、命を奪われるのは圧倒的に若い人たちイラクとイランで幅広く非暴力の変化を求めて、未来に希望を作ろうとした若者たち、そして罪のない子どもたちである。

 そして、ひとたびパンドラの箱が開かれれば、世界規模の第三次大戦にすら発展しかねない。

 大統領の暴走で世界秩序が崩壊しかねない今、政権内と議会がブレーキをかけること、国際社会が一致して自制を求めることが必要だ。

 日本政府はいまだコメントを出していないようであるが(1月5日午後2時現在)、このような事態にあって大変情けない。

 日本は紛争回避のための姿勢を鮮明にすべきであり、軍事行動に抗議し、強く自制を求めるべきだ。

 そして、自衛隊員の命を危険にさらし、憲法9条に反して日本が戦争に参加する危険をはらむ中東への自衛隊派遣は中止すべきである。

私たちが望む「刑法性犯罪規定改正案」はこちらです。

 

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一般社団法人Springの皆さんと。


■ 同意なき性行為の強要は犯罪であるべき。高まる声

 11月21日、性暴力被害者や支援団体、人権団体などからなる「刑法改正市民プロジェクト」は、刑法・性犯罪規定の改正を求める院内集会を開催しました。

 2017年、110年ぶりに刑法の性犯罪規定が改正されましたが、被害者や支援者の思いを十分に反映したものとは言えず、多くの被害者が今も救われないままの状態にあります。

 こうした苦しみが共有されるきっかけになったのが、相次いだ4件の性犯罪事件する無罪判決でした。

 2019年3月、名古屋地裁岡崎支部静岡地裁静岡地裁浜松支部福岡地裁久留米支部でそれぞれ、性犯罪事件に関し無罪判決が出されました。このうち、静岡地裁の事案を除いては、裁判所が被害者の意に反して性行為が行われたことを認定したにもかかわらず、無罪となりました。

 なぜ無理やり性行為をすることが犯罪にならないのか、なぜ性暴力被害者が社会的にも法的にも救われないのか、その悔しさや怒りが行動に代わりました。 毎月11日全国各地で、性暴力被害について語り合い、よりよい制度改正を求めるフラワーデモが始まり、ずっと継続されています。性被害に苦しみ続けて来た人たちがその苦しさ、悔しさを共有しあい、もう黙っているのをやめよう、と声を上げているのがこのフラワーデモです。

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 6月には一般社団法人Spring、Voice Up Japan、そしてヒューマンライツ・ナウの3団体が呼びかけたChange.orgの署名が法務大臣宛て提出されました。

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この署名は今も続けられ5万筆以上の支持が集まっています。

この院内集会はこうした声を背に受けて開催され、おかげさまで大きく成功しました。

■ 刑法改正は今、どうなっているのか

 改正刑法の附則には 「政府は、この法律の施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要を認めたときは見直しなどの所要の措置を講ずる」との見直し条項があります。

 来年はその施行後3年の年。法務省では 昨年から、「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ」が開催されてきましたが、その結論は来年3月までに渡されるとのこと。

 これだけの女性たち、被害者の声の高まりを受けて、見直しを行わないとの結論はありえないはずです。

 この間、被害当事者の皆さんは刑法性犯罪規定の改定を求めてきましたが、一部には懐疑的な声もありました。そして実際にどのような条文にするのか提案すべきとの意見も出されました。刑法市民プロジェクトでは今年の7月以降議論を重ね、法律案内容を検討してきました。その結果、12団体の総意として11月21日の院内集会の際に改正提案を公表しました。

私たちが公表した刑法改正提案はこちらです。

 「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(叩き台)」

 まだ叩き台であり、これから多くの方の意見を聞きつつ進めていきたいと思っていますが、これを一つの土台として、性暴力被害者が泣き寝入りをすることなく、守られるような法制を2020年に目指したく、真剣な討議を進めることを、法務省とすべての国会議員、関係者の皆様に呼びかけます。

■ 改正案のポイント1 強制性交等罪の改正

現行法 (強制性交等)

第百七十七条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

改正案 177条 不同意性交等罪・加重不同意性交等罪・若年者不同意性交等罪

1項 他の者の認識可能な意思に反して、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」)を行った者は、不同意性交の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。

2項 前項の性交等を暴行又は脅迫を用いて行った者は、加重不同意性交の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。

3項 第1項の性交等を16歳未満の者に対して行った者は、若年者不同意性交の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。但し、16歳未満同士の場合は除く。

 第1項は、不同意性交罪を導入する提案です。不同意性交処罰はイギリス、カナダ、ドイツ(No Means No)、スウェーデン'Yes Means Yes)などで導入されていますが、日本の刑法と親和性の高いドイツ刑法と同じ構成要件を提案しました。

 不同意であることを客観化するために、他の者の認識可能な意思に反した性的行為を処罰とすることを提案します。

 認識可能な意思の表明は、明示の場合として、衣服を脱がされることへの抵抗、現場に連行される際の抵抗、「やめて」「いや」などの言語的拒絶、黙示のものとして、涙を流している場合などを想定します。

 不同意性交罪の刑は3年以上として、現行の強制性交等罪より引き下げます。

第2項は、現行の強制性交等罪と同様、暴行又は脅迫を用いて行った場合であり、加重不同意性交の罪とし、5年以上の刑に設定します。

第3項は、現在13歳となっている性交同意年齢を16歳に引き上げるものです。ただし、16歳未満同士の場合は処罰しない扱いとします。

■ 改正案のポイント2  準強制性交等罪の改正

 

現行法 (準強制性交等)

第百七十八条 2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

改正案 178条 同意不能等性交等罪

2項 前条1項の性交等を、人の無意識、睡眠、恐怖、不意打ち、酩酊その他の薬物の影響、疾患、障害もしくはその他の状況により特別に脆弱な状況に置かれていた状況を利用し、又はその状況に乗じて行った者は、同意不能等性交等罪とし、前条2項の例による。

  

 現行法の「心神喪失」「抗拒不能」という構成要件を変え、より具体的、明確に、被害者の脆弱性に乗じた場合を網羅的に列挙する構成要件を提案します。反対意思を形成あるいは表明できない状況の列挙は基本的にスウェーデン法を参考にし、フランス法の「不意打ち」を加えました。

 なぜこのように変更するのか。それは、「抗拒不能」の要件があいまいであり、裁判官に具体的なあてはめが白紙委任され、ケースによって要求水準がまちまちであるからです。これでは、構成要件の明確性に欠け、被害者側にも被告人にとっても予測可能性に欠けるものといえるでしょう。

 また、「抗拒不能」という要件が難解である現状では、被告人にとって故意の認識対象たる「抗拒不能」が明確とは言えず、故意の欠如により無罪となるケースが増える可能性があります。

 刑法の自由保障機能を確保し、犯罪と非犯罪の境界を明確化し、故意の対象を明らかにするために、そして被害者の保護のためにも、定義を明確化すべきであり、そのためには「抗拒不能」に変えて、具体的な状況列挙をするのが妥当です。

 なお、これは叩き台であり、これらで網羅されているか、あるいは定義の明確性については、今後の議論・検討が必要となるでしょう(「困惑」「錯誤」(欺罔)等を加えることも検討に値するでしょう。)

■ 改正案のポイント3 地位関係利用性交等罪の新設

 2017年の法改正では、監護者性交等罪が創設され、以下の条文が導入されました。

179条2項 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。

 これは実の親などによる性虐待について、同意の有無を問わず、性犯罪として処罰する規定です。

 しかし、被害者が18歳を超える場合は、岡崎の事件のように、監護者性交等罪の対象となりません。

 また、実の親だけでなく、施設の職員、祖父、叔父、離婚して親権者でなくなった実の父から子どもへの性加害、さらには教師や保育士などから子どもに対する性加害は非常に多いのに、何ら特別の配慮もありません。暴行脅迫、抗拒不能といった要件を満たさない限り、罪に問われないのが現状です。

 さらに、コーチや家庭教師、上司による、地位関係性を利用した性加害についても、いやといえない、拒絶したらとてつもない不利益を受ける、突然豹変されてフリーズしてしまう、等といった状況下で繰り返され、現行法では暴行脅迫にも、抗拒不能にもあてはまらないと評価されるような事案がたくさんあります。

 そこで、以下の条文の新設を私たちは提案しました。

改正案179条の2 地位関係利用性的接触罪・地位関係利用性交等罪

2項 現にその者を監護又は介護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同種の性質の関係にある者が、監督、保護、支援の対象になっている者に対する影響力があることに乗じて性交等をした者は、177条1項の例による。

 この条文は、台湾の現行法の条文そのままです。

 台湾法は、日本刑法やドイツ刑法の影響を強く受けていますが、性被害に関しては日本より進んだ改正をすでに実現しているのです。

 台湾で実現した法改正が、日本で実現できない理由はないはずです。

 

 なお、177条の不同意性交罪でカバーされない、NOといえない事例の多くは、178-2、179条の2の提案でカバーできるのではないかと考えます。

 

■ 改正案のポイント4 わいせつ→性的接触罪に

 このほか、提案では、これまで強制わいせつ、などとされてきた罪について、構成要件を明確にするため、性的接触と改めることを提案しました。「性的接触」とは、性的部位(口、胸、お尻、陰部)に接触する行為を指すものです。その他の部位を執拗にさわるなどのハラスメントは別途「セクハラ罪」等を検討する将来課題と考えます。

■ 直ちに建設的な議論を

 以上がこれまで、刑法改正に取り組んできた被害者団体等の要望です。

 スウェーデンが導入したYes Means Yesの法制やか過失レイプなど、さらに目指したい法改正案はあるものの、2020年の3年後見直しにどうしても実現してほしい条文として、今回提案するものです。

 特にドイツや台湾の法制などは日本と親和性が高く、同様の条文の導入が難しいとは思われません。

 もちろん、構成要件の中には、もう少し工夫するなど、今後の検討の余地があり、これから議論を深めていただきたいと思っています。

 しかし、被害者の方々がこれだけ立ち上がり、切実な声を上げていることを受けて、不誠実な揚げ足取りや、ごまかしの議論で改正を先送りすることはあってはならないと思います。

 不同意性交罪が冤罪を生む、という議論がありますが(一般論として私は、冤罪の多くは実定法の規定ではなく捜査実務や裁判官の判断に問題があると考えますが)、この見直しプロセスでそのような主張をされる方には、ではどうすれば冤罪を生まない立法になるのか、に踏み込んで対案を出してほしいと思います。

 私は実務家として多くの被害者の方々の相談に乗ってきました。10代から20代の女性がまさに夢をもって人生を開けようとしている時に性暴力被害に遭うと、夢も仕事も人生そのものを奪われ、長いこと人間不信に陥り、自分を罰して引きこもって生きる方、苦しみを抱え続ける方々がいます。見ていて本当にいたたまれません。それだけ性暴力は深刻なのです。

 内閣府の直近の調査によれば、無理やり性行為をされた被害経験のある女性は 7.8%、男性は 1.5%に上るとされます。

 性被害がこれからの社会を担う貴重な若い世代にどれだけ大きな影を落としダメージを与えているのか、計り知れないものがあります。この対策を抜きに女性活躍などありえるのでしょうか。国は、そして関係する有識者は真剣に向き合ってほしいと強く願います。

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 参考 

1 報道記事 

 「私たちは傷ついている」性暴力被害者が、花とともに法務省に訴えたこと

 性犯罪刑法のさらなる改正求め、要望書提出。支援団体が作成した改正案叩き台の内容とは?

 性犯罪の刑法改正「すぐにでも審議を」 被害者の声、反映するよう求める

2 改正案のもととなった比較法調査

 ヒューマンライツ・ナウ10か国調査研究 性犯罪に対する処罰世界ではどうなっているの? ~誰もが踏みにじられない社会のために~

3 もっと知りたい方へ

  拙著  「なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法」

伊藤詩織さん勝訴 なぜ彼女は傷だらけで過酷な戦いをしなくてはならなかったのか

 

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12月18日Yahooで表彰された詩織さん

■ 被害者を励ます判決 2年間の変化

 12月18日、このニュースは大きく報道されました。

望まない性行為で精神的苦痛を受けたとして、ジャーナリストの伊藤詩織氏(30)が元TBS記者の山口敬之氏(53)に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は18日、伊藤氏の訴えを認めて山口氏に330万円の支払いを命じた。鈴木昭洋裁判長は「酩酊(めいてい)状態で意識のない伊藤氏に対し、合意がないまま性行為に及んだ」と認めた。

出典:朝日新聞

 思えば、2017年5月、伊藤詩織さんが初めてこの事件について会見をした際、主要メディアは彼女の会見を冷ややかに黙殺しました。

 告発の相手が著名ジャーナリストであったため、告発すれば日本ではジャーナリストとして活動できないのではないか、というリスクを覚悟の上で、詩織さんは被害を「なかったことにしたくない」と被害を告発しました。しかし、一度は山口氏への逮捕状が発行されながら直前で逮捕が取りやめになった挙句、不起訴という結論を突きつけられました(伊藤詩織氏「ブラックボックス」より)。

 検察審査会に判断の再考を求めたのに、結論は「不起訴相当」。普通であれば心が折れてしまう、襲いかかる試練の数々にもかかわらず、彼女は諦めないで戦うことを選び、民事訴訟に挑みました。しかも、実名、顔出しで被害を訴え、本まで出版して社会に問題提起をしました。日本で初めて#MeTooの声を上げた女性として注目を浴び、彼女は戦ってきたのです。

 様々な苦難に屈しない彼女の勇気あるひたむきな訴えは、多くの人の心をゆすぶり、性被害を体験し苦しんできた人たちに希望を灯し、彼女の事件はメディアも無視できない社会問題ー個人的な問題ではなく社会の問題ーとなったのです。

 彼女の訴えを認めた今回の判決は、同様の被害にあいながらも「なかったこと」にされてきた被害経験を持つ人たちをも励ます結論となりました。

 被告側が控訴すると伝えられていますが、詩織さんも言う通り、この判決は彼女の戦い、そしてそれを応援してきた人々や被害当事者にとっても貴重なマイルストーンと言えるでしょう。

■ 性行為が同意に基づかないとの判断

 この事件の判決は性行為に原告である詩織さんの同意があったのか否かを争点とし、

被告が、酩酊状態にあって意識のない原告に対し、原告の合意のないまま本件行為に及んだ事実、及び原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実を認めることができる。

と結論を出しています。

 被告である山口氏の供述の信用性が否定された主な理由は、判決によれば、 山口氏が行為の直前にどのベッドにいたか、詩織さんがどのように行動したかなどの弁解について、供述の矛盾変遷があることです。判決は 山口氏の供述について

本件行為の直接の原因となった直近の原告の言動という核心部分について不合理に変遷しており、その信用性には重大な疑念がある。

と評価しました。

 一方、判決が、被害者心理に細やかに配慮した丁寧な認定をしていることも注目されます。

 例えば、判決では詩織さんが行為後シャワーを浴びることもなく朝5時50分にホテルを出てタクシーで帰宅をしたことを指摘し、「これら原告の行動は原告が被告との間で合意のもとに本件行為に及んだ後の行動としては不自然に性急であり、本件ホテルから一刻も早く立ち去ろうとするための行動であったというのが自然」としています。

 また、同じ日にアフターピルの処方を受けていることについて、「避妊することなく行われた本件行為が原告の予期しないものであったことを裏付ける事情」とし、その後、詩織さんが友人に相談したり警察に被害相談をしたことについて「本件行為が原告の意思に反して行われたものであることを裏付ける」としています。

 被告側から、詩織さんの行動は性被害者として不合理だなどという「レイプ神話」を絵にかいたような批判が展開されていますが、裁判所が「レイプ神話」に乗ることなく判断したことは評価できます。こうした判断が今後も司法の場で定着してほしいものです。

■ 山口氏による名誉棄損、プライバシー権利侵害の反訴を棄却

 本件では、詩織さんが被害にあった事実について、記者会見を開いたり、著書を出したりして被害を訴えたのに対し、山口氏は、性行為は同意していて名誉やプライバシーを傷つけられたとして、逆に1億3000万円の賠償を求めていました。

 被害者に対しては非常にプレッシャーとなるこのような反訴請求に対する裁判所の判断が注目されましたが、裁判所はこれをいずれも認めませんでした。なぜか。判決は、

 「原告は、自らが体験した本件行為及びその後の経緯を明らかにし、広く社会で議論をすることが、性犯罪の被害者を取り巻く法的又は社会的状況の改善につながるとして」詩織さんがこうした公表をしたことが認められると認定。詩織さんの一連の発信は「公共の利益に係る事実につき、専ら公益を図る目的で表現されたものと認めるのが相当である」と判示、そのうえで、詩織さんの一連の発言はいずれも真実であるため、名誉棄損を構成しないと判断しました。

 また、プライバシー権(詩織さんと山口氏のメールのやり取りの公表)については、同様に詩織さんの発信が「原告は、性犯罪の被害者を取り巻く法的又は社会的状況を改善すべく、自らが体験した性的被害として本件行為を公表する行為には、公共性及び公益目的がある」としたうえで、「原告の上記行為は、社会生活上受忍の限度を超えて被告のプライバシーを侵害するものであるとは認められない」としています。

 詩織さんの性被害について公表することは、山口氏の性行為に関するプライバシーを公開することにはなるものの、詩織さんが社会に問題提起をするために自らの被害を語ることのほうが、プライバシーよりも優越的な価値があるとする判断であり、非常に重要な判断であると思います。

 被害者は沈黙しなくてよい、「声を上げていい」というメッセージを、私は判決から読み取りました。

■ なぜ彼女は傷だらけで過酷な戦いをしなくてはならなかったのか 

 詩織さんの道のりは苦難に満ちたものでした。洪水のような誹謗中傷にあい、日本で生活することが困難になり、イギリスに拠点を移さなければならなかったのです。

 本件が政治的色彩を帯びた形で報道されたり、取り上げられがちであったことで、バッシングが加速したという事案の特異性は確かにあったでしょう。

 しかし、21世紀にもなってこれほどの深刻なセカンドレイプ、誹謗中傷に被害者が晒されるというのは、本当に恥ずかしいことであり、日本社会の人権感覚を立ち止まって考えるべきではないでしょうか?

 

2018年2月講演する詩織さん(筆者撮影)
2018年2月講演する詩織さん(筆者撮影)

 詩織さんには、「仕事が欲しくて自分から山口氏に接近した」ひどいものでは「ハニートラップ」「枕営業」などという非難がされました。

 しかし、若い意欲のあるビジネスパーソンが同業の先輩に教えを請うたり、就職の相談に乗ってもらうのは普通のことであり、男性であれば何ら非難されないし、そのために性被害にあうことも稀でしょう。そうした機会に地位を利用して同意のない性行為やセクハラをするのは加害者側こそが責められるべきであり、被害者を責めてはならないのは当然のことではないでしょうか?

 すでに日本ではセクハラが違法行為であると90年代から議論され、1999年に雇用機会均等法に雇用主のセクシュアルハラスメント防止の配慮義務が導入され、2007年には「措置義務」というより重い責任が課されています。それなのに、いつまで被害者を責める風潮が続くのでしょうか?

 また、彼女の困難な戦いの背景には、性被害をめぐる日本の遅れた法制度も大きく関係しています。

 今回の判決は、詩織さんへの同意なき性行為を不法行為と認定し、被告である山口氏に賠償を命じました。

 一方、日本の刑法では性犯罪成立に、暴行、脅迫、抗拒不能などの厳しい要件が求められ、これら厳しい要件が多くの事案で起訴を阻んでいます。

 行刑法では、同意なき性行為をしたことだけでは犯罪とされず、起訴されないのです。

 このため、性被害の当事者は、刑事事件の捜査で暴行、脅迫、抗拒不能などを証明する確実な証拠の提示を求められ、こうした証拠がないとみなされれば立件も起訴もされず、その後も何らのフォローもありません。刑事手続では、なぜ不起訴だったのかについて理由や事実認定の根拠も公表されません。救済を受けるには失意の中、手探り状態で、自ら民事裁判を起こさなければならないのです。

 こうした状況で、被害をオープンにした詩織さんのケースでは、「不起訴になったのだから被害はないに違いない」「でっちあげではないか」「何か別の意図で山口氏を攻撃しているのではないか?」といった不当な憶測や誤解を呼び、被害者バッシングを加速させる結果につながったのではないでしょうか?不起訴でなければ、1億を超す名誉棄損の訴訟が提起されることもなかったのではないでしょうか?

 詩織さんはこうした誹謗中傷に黙って耐え、民事判決がすべてを証明するのを待つしかなかったのです。

 諸外国では同意なき性行為そのものに可罰的違法性が認められるようになりつつあり、イギリス、ドイツ、スウェーデン、米国ニューヨーク州などでは、暴行脅迫などの要件がなくとも、不同意の性交をした者は処罰されます。近年こうした法改正が世界的に相次いでいます。

 10か国調査報告書

 このような国際的な趨勢から遅れた日本の法律のせいで、詩織さんは、納得できない「不起訴」という結論を突き付けられ、ひどい誹謗中傷を浴びせられ、非常に過酷な戦いを強いられました。彼女の行動は英雄的ですが、これからもすべての被害者は再び同じ道を歩まなければならないのでしょうか?

 かくも過酷な戦いをしなければ被害者は救済を得られない、これからもそれでよいのでしょうか?

 詩織さんは「話さなかったら誰かが同じ目にあう」という思いで事実を公表しました。

 詩織さんが名誉棄損というリスクを冒してまで戦ってきたのは、自分と同じ思いをする人はもう出てほしくないという思いからです。

 社会はこの思いに応えられるでしょうか?

 この判決を契機に刑法改正を早急に検討すべきです。

 法改正の方向については、すでに市民団体が共同して法改正案を提案しています。

 被害者の強い思いを受け、市民団体が不同意性交処罰等・刑法性犯罪規定改正案を公表。今こそ議論を。

 2020年は2017年刑法性犯罪規定改正の3年後見直しの年であり、多くの人に議論に参加し、改正への後押しをしてほしいと願います。

ココログから引っ越しました。

こんにちは。弁護士の伊藤和子です。ココログから引っ越してこちらでBlogを開設することにしました。

ココログはそのまま置いていきます。

http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/

どうぞよろしくお願いいたします。

ダイアリーとはありますが、たまたま思い立った時に書いています!